自責と他責。

こんにちは。かばです。

タイトル、またややこしいですね。

ふと思いついたので書き記したいと思います。

まず自責と他責とは?というところからいきましょうか。

自責とは:自分の問題として物事を捉える考え

そのままですよね。例えば、

・今回の商談がうまくいかなかったのは準備不足だったからだ。

・ギャンブルに手を出したのは楽して金儲けしたいという甘い考えがあったからだ。

というようなことです。

一方、他責はというと、

他責とは:自分以外の問題として物事を捉える考え

先程の例えで言うと、

・今回の商談がうまくいかなかったのは上司や周りのフォローがなかったからだ

・或いはお客さんが私のことが嫌いだからうまくいかなかったんだ。

・ギャンブルに手を出したのはお金を簡単に稼ぐことができない社会のせいだ。

・ギャンブルで負けるのは運が悪かっただけだ。

今回のケースで言うと、このような感じでしょうか。

私は完全に「他責」タイプでした。

なぜか?自分に落ち度がないことにするのがだからです。

他責思考は、原因の深堀を妨げます。結論を「自分以外の何か」に押し付けてしまうから。そこからは改善するためになにをすればいいかという考えは生まれません。

そのことに気付くのが遅くて、いや気付いていたけど自己嫌悪に陥るのが嫌で、ずるずるとギャンブルを続けてしまいました。

もちろん、他責にすべき事由もあると思います。なんでもかんでも自責にしてしまうとそれこそ精神的に病んでしまうかもしれませんし、問題を複雑にしてしまう可能性もあるからです。

このバランスは非常に難しいものだと感じます。

 誰かに責任をなすりつけるのは簡単。でも成長できない。

全て自分の責任とするのも簡単。でも心を病んでしまうかもしれない。

結局、自分で決めるしかありません。

経験に基づいて判断し、フィードバックを身近な人にもらうことが、適切な判断ができる近道になるのではないでしょうか。

私がこのバランスを崩していた時、いつもこんなことを言っていました。

「パチンコ屋が営業しているからお金を使ってしまうんだ」

「競馬はCMを流して身近なところにあるからやってしまうんだ」

そんなことありません。

なぜパチンコをしてしまうのか?競馬をしてしまうのか?

その考えに至っていなかったからです。

こんな言葉を見つけました。

「何事も他責にすれば、その時は楽になる。
 しかし、そこで成長は止まる。
 何か挫折があるたびに自責で考えると、人は成長する。」

 

        『日本経済新聞「プロムナード」』(2014.10.2付夕刊)

 競馬を中止しろとかパチンコ屋を潰したらやらなくて済む。とか。

仰る気持ちはわかります。ただそこから思考を発展させていけるかどうかでその人の進む道は変わってくると思います。

気持ちが熱くなった時、どうしても何かの責任にしてしまいがちです。

そんな時、一回深呼吸をして、「無」の時間を少しでも作ることで、再度行動の反省ができると思います。

これからも、逃げたくなるようなことがたくさんあると思いますが、物事の本質だけは見失わないように日々の生活を送っていきたいと思います。

以上、堅苦しい記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

いつもブログをお読みいただきありがとうございます。

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